ずっと昔、父が死んだ。もう記憶のどこかにしかない父親の背中は、幼いキミにとって偉大なものだったことを覚えている。
 キミを拾ってくれたのは、長崎の唐人屋敷に住むひとりの老人だった。老人はキミに強くなれ、といった。誰にも負けぬほど強く。心も体も強く。
 正しいこと、すなわち義をなしとげるための強さ。それが武。義のために命を投げ出す心、弱きを助けて強きをくじき、法律よりも大切な者を守る魂、それが侠。
 武侠の魂をたたき込まれたキミは、英傑として成長した。そしてついに、旅立ちの時がやってくる。謎めいた千鳥の香炉を携え、太閤秀吉の謎を秘めた少女が、妖異に狙われている。彼女はご禁制のキリシタン。法に救いを求められぬ存在。だがそんなことはかまうものか。なぜならキミは武侠。義のために命を投げだすことができる英傑なのだから。



 武侠とは武によって侠を行なう者たることをあらわすクラスである。
 武とはすなわち武術、鍛え上げられた功によって己の肉体のポテンシャルの限界を超えることである。
 侠とは一身を顧みずに義挙を成し遂げようとする魂であり、信念のために精神のポテンシャルの限界を超えることである。
 すなわち武侠とはすべての限界を超越した英雄であり、はるかな過去から、世界の闇にあって誇りのため、愛のため、万民のために戦ってきた存在なのだ。
 武侠の発祥は唐であると言われるが、朝鮮やシャム(タイ)、琉球にも存在する。武侠とは国家に縛られぬ、人々の魂なのだ。日本で育ったキャラクターであっても、そうした精神と武術を学ぶならば、武侠となることができるだろう。
 武侠は高速での物理戦闘に秀でたクラスであり、優れた戦士である。素手と武器を同時に使いこなすことができ、さまざまな状況に対応することができる。
 武侠は客人クラスである。